音楽界の異端児 エリック・サティ

印象主義の芸術家たちに強い影響を与えたサティは「魅力的で愛すべき人」と身内の人間に称されていた。一見、人当たりもマナーもよく、変人のようには見えない人物だったとされる。フランスのノルマンディー地方の海運業を営む家庭に生まれた彼は、自ら詩を創作し、作曲を手掛け、大学をクビになりながらも独学でピアノ曲を作曲する才能溢れた人物である。
また、服装への強いこだわりを持っていた。灰色のスーツとそれに合う帽子を1ダースも購入して以来、あらゆる場面においてその服装を半ば強引に押し通したので「ビロードの紳士」という愛称で呼ばれるようになる。やがて彼の作曲した「ジムノペディ」や「サラバンド」が評価されると、彼自身もモンマルトルに拠点を移し、パリの夜の街を舞台に個性的な面々と交流を持つようになる。
一方で彼は内面的な不安定さが有ったらしく、些細な事で親しい友人と口喧嘩になる事もしばしばあった。酒好きでもあった為、よくアルクーユ行きの終電に乗り遅れ朝帰りを繰り返したお茶目な側面もある。